期間限定プログラム

【飯田市内発着】甲州征伐を迎え撃った悲劇の武将、下條信氏の足跡を追う(3/10)

1人〜

期間限定

~南信州こだわりの旅~

地元ガイドがご案内致しますので、知っているようで知らなかった南信州の魅力を発見できます!

【重要 2/21】催行決定となりました。好評につき、定員残り僅かとなっております。皆様のご参加をお待ちしております。

天正10年(1582)織田信長による甲州征伐の際、小笠原信嶺(松尾城主)は武田親族衆にもかかわらず早々に武田氏を裏切り織田氏に通じました。一方、同じ親族衆であった下條信氏(吉岡城主)は滝之澤城にて織田軍を迎え討ちますが、家老の謀反により三河に逃れ失意のうちに亡くなりました。信氏が逃れた三河国には、武田氏と徳川氏の攻防の狭間で悲劇の歴史を辿った田峯城があり、武田信玄終焉伝説の地とともに訪ねます。


吉岡城跡(下條村)
吉岡城は、信濃国南部に勢力を誇った下條氏の居城で、中世の城下町の姿を伺うことのできる貴重な史跡です。下條信氏は武田信虎の娘(信玄の姉妹)を妻に迎えており、武田氏親族衆でもありました。


滝之澤城跡(平谷村)
天正10年(1582)、甲州征伐(武田勝頼討伐)の織田軍を迎え撃つため、下條信氏は滝之澤城(要害)にて織田軍と激戦になりますが、留守居役の下條氏長が織田軍に寝返ったため進退窮まり、信氏・信正父子は三河に落ち延びました。そして父子ともに三河または遠州の地で亡くなりました。


道の駅したら 清嶺食堂にて昼食(設楽町)
「道の駅したら」は、数年前にオープンした人気のスポット。施設内の「清嶺食堂」にて、設楽町の食材をふんだんに盛り込んだ料理をご堪能いただきます。


奥三河郷土館(設楽町)
「道の駅したら」の隣に道の駅と同時にオープンした資料館で、ガラス張りの外観が目を引く立派な郷土資料館。展示も充実しており、武田・徳川両氏の勢力争の地となった奥三河の歴史や、武田信玄が発見し、武田氏の軍資金に巨大な貢献をしたと言われる「津具金山」や中馬街道など伊那街道などのついて専門学芸員の方からお話をお聞きします。


田峯城(設楽町)
田峯城跡は、奥三河の内で勢力を誇った「山家三方衆」の一つで田峯菅沼氏の居城です。田峯菅沼氏は、山家三方衆二家と同じく、武田氏と徳川氏の狭間で両勢力に翻弄された一族です。長篠の戦いの後には、武田派と徳川派の争いの中で、武田派が徳川派の一族を皆殺しにするといった悲劇も置きました。終始徳川派として忠勤を励んで生き残った菅沼定利が田峯城主になりましたが、定利は後に徳川家康の伊那谷支配において知久平城主や飯田城主になるなど伊那谷にとっては縁の深い人物と言えます。


田峯観音(高勝寺)
田峯観音は、三河三観音のひとつと呼ばれ、2月の大祭で行われる田峯田楽(国指定無形民俗文化財)や奉納歌舞伎が見ものです。また、江戸時代村人の願いにより真夏に雪を降らせたというご霊験は有名です。


福田寺(武田信玄終焉地)
武田信玄は、元亀4年(1573)4月、三方ヶ原の戦いで徳川家康を破り、三河の野田城を攻め落とした頃から病気が悪化し、甲斐国に帰国する途中で亡くなりました。亡くなった場所は諸説あり、伊那郡の駒場や根羽が良く知られていますが、奥三河設楽町の福田寺もその一つで、境内には「信玄塚」が大切に守られています。

詳細なパンフレットはこちらです。
(PDFファイル)

* おすすめポイント

~南信州こだわりの旅~

◎りんごの里発着バスツアーです。

* プログラムの流れ

■日時:2024年3月10日(日) りんごの里発着 日帰り 募集定員20名(最少催行人員10名) 小型バス利用
申し込み多数の場合は、先着順とさせていただきます。

■行程
りんごの里(8:00吉岡城跡(下條氏居城 *下條村)→滝之澤城跡(織田軍と下條信氏激戦地 *平谷村)→道の駅したら(昼食)→奥三河郷土館(津具金山や武田・徳川氏攻防の地を学ぶ)→田峯城跡(“山家三方衆”田峯菅沼氏居城。徳川家康の代官として飯田下伊那を統治した菅沼定利ゆかりの城)→田峯観音→福田寺(武田信玄終焉伝説地)→りんごの里(18:40

* 料金

■旅行代金 りんごの里発着 料金 17,000円(税込)

* 備考

長野県知事登録 旅行業第2-431 号 長野県旅行業協会会員旅行社
総合旅行業務取扱管理者 高橋充

このツアーは、旅行特別補償の対象となります。

お申し込み後詳細をご案内させていただきます。
旅行条件書は、こちらでご確認下さい。

お申し込みは、下記の電話、ファックスでも承っています

組み合わせプログラムのご案内

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